そんな中で、ハインリッヒ・テッセナウの作品集を手渡された。思い返せば、ミュンヘンにて初めて勤務した事務所では、ほぼ理解できないドイツ語環境の中で、ドイツでの始めての田園都市計画であるドレスデン近郊のヘレラウの劇場改修計画に関わっていた。この劇場を設計したのが、他ならぬテッセナウである。当時は、言葉ができない代わりといってはなんだが、この劇場のとんでもなく大きい模型、1,5メーター×1メーター、高さ約50センチほどの模型を、なんと一ヶ月かけて作るという仕事を捻出してもらい、屋根のトラスなども一本一本、組み立てていった。結果、素晴らしい模型が出来上がったのだが、随分贅沢な仕事だったと思う。
これが一ヶ月かけたモデル
テッセナウは、ミュンヘンのユーゲント・シュティルの第一人者であるマルティン・デュルファーの元で修行し、大学の助手も勤める傍ら、テオドア・フィッシャーやムテジウス、リーマーシュミットなど、ドイツ工作連盟の顔ぶれが揃うヘレラウの計画に参画していった。
この作品集に納められているパース群の素晴らしさには舌を巻くが、計画に着目すると、本当にかつてあったであろう古き良き時代が体現されているように見える。現在は、この祝祭劇場は、フォーサイス・ダンスカンパニーの拠点になっていると記憶しているがどうなのだろうか。
テッセナウのジードルングの計画には、建物ボリュームのわずかなズレや、アンゥインの手法を継承した袋小路を中心とした住居のまとまりなどを見ることが出来るが、直接アンウィンの元で修行したエルンスト・マイのような斬新さはあまり見られないように見受けられた。
ところで、現在の計画のキーワードは、緩やかな接続。パターンランゲージに網羅されているような部分を結合させて、住居群をゆるやかにまとめていく、というようなイメージ。ケビン・リンチのグレインの考え方からグループ・フォームへとそのコンセプトを発展させた、槙先生の群の造形に非常に近い考え方なのではないか、と思う。
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